「私のことはどうでもいいか?」のウラにある想い

 

年齢問わず、恋愛初期は「のめり込む」ものです。

ふたりはとても強い素敵な恋愛感情がわき起こりいつも一緒にいたいという欲求が起こります。

 

情熱的に愛されたら喜びは大きく、悪い気がすることもありません。しかしいい恋愛関係はそれだけでないし、そういうものではありません。

 

もしその状態が続いたら息が詰まってきて疲労してしまいます。

 

ふたりだけの世界に生きることは不可能だからです。愛するとは、ふたりの関係にだけのめり込むことではなく、お互いの世界を愛し励ますことだからです。人生には他にも大事なことがたくさんあり、責任を果たしていかなければなりません。

 

 

責任を果たそうとするときに、応援し励ましてくれる存在はなによりありがたくうれしいものです。それがあるから、一緒にいたいという気持ちも生きるのです。

 

もしふたりだけの世界に生きるとしたら、責任放棄が発生し、自身を愛せなくなってしまいます。それは恋する相手への憎しみに変わってしまいます。

 

ですから、恋愛初期ののめり込みから、いつもの日常に変化するのは健全で自然なこと。そこから恋愛関係が始まるといっても過言ではありません。

 

ところが、そのことを恋愛感情が冷めたと勘違いする人がいます。失望し拒絶されたように感じてしまうのです。その不安を相手にぶつけた場合、相手は戸惑い、自由を奪われたように感じストレスから嫌気がさしてきます。この場合の自由とは好き勝手にする自由ではなく、誰でも持っているはずの基本的な人権といえるものです。

 

「私のことはどうでもいいの?」という不安を消し去りたくて「私と仕事のどちらが大事なの?」「私と趣味のどちらが大事なの?」「私と友だちのどちらが大事なの?」このような尋問を投げつけてしまうと、「なぜ、分からない?」と思うだけで、愛が深まることはありません。

 

ほとんどの場合、あなたと無関係なことだからです。無関係とはどうでもいいのではなく、あなたへの想いは変わっていないのです。あなたほど大事でなくても、大事なことなのです。つまりあなたとの関係を維持するために、果たさなければならない責任なのです。

 

趣味にも責任を負うのかといぶしかるかも知れませんが、人は誰でも自分を健全な状態で維持する自分への責任があります。

 

逆に相手を責めるほどののめり込みが\続くことを考えなければなりません。あなたが不安定な女性なら、恋人への怒りを否定したからといって安定が取り戻せることはありません。自分の感情の動きを知り、不安定な感情を認めて、安定した感情がもてるように、ふたりの関係を確かなものに育む必要があります。

 

またもし彼が言葉や態度で表現する通りに愛しているのなら、彼女の気持ちをもっと大事にするはずです。彼があなたへの気持ちを思いやることなく、他のことに没頭したいかどうかを見極めることも大切です。

 

「見捨てられる恐怖」とそれにともなう「パニック」を解決する必要があります。これこそあなたが相手の力で解決してほしいことなのです。それが恋愛初期ののめり込みでは解決されていたのです。つまり解決方法が間違っていただけのことなのです。

 

「見捨てられる恐怖」は、幼い頃の体験に根ざしています。親の態度の急変は幼い子どもには何が起こったのか分からず不安はパニックを引き起こします。その体験が拭えず、変わらぬ態度を求めてしまうのです。しかし、それを現在の暮らしに求めるには無理があります。いまではあなたは立派に強すぎるのです。

 

けれども、あなたはそうは思わない。見かけは大人だけど、内側にいる本当の自分は子どもにようにひ弱だと信じ込んでいる。しかしそれは過小評価でしかない。

 

どのようにして現実にピントを合わせるか?課題に取り組んでみましょう。

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