PDCA

落ち込んでいる時間はない

私たちは暮らしていると、つらい体験をします。

いままで普通に暮らしていた父母の病、近親者との永遠の別れ。などは代表的な悲哀ですね。

平常心で対応するのも困難ですが、困難を後押しするかのように、「常識」がはびこっています。

でもほとんどの場合、現実的な対応に追われるので、普通の人に落ち込んでいる時間はありません。
感傷的になっている場合は少ないのが事実です。

原因・結果・対策(選択)

悩む

物事には「原因」があり、「結果」があり、「対策(選択)」があります。

三つはセットですが、「対策(選択)」をどうするかは、「目的」次第で変わります。

目的を達成するために「対策(選択)」する人と、目的なしに「対策(選択)」するのでは、内容が変わるのは当然です。

「あなたはポジティブですね」と言われるとしたら、目的を達成しようとしているからです。

「あなたはネガティブですね」と言われるとしたら、目的がないからか、どうでもよいからです。

 

ポジティブでなくても、目的を達成したければ、ネガティブになれないから、「対策(選択)」は達成する方法を模索しかありません。なのでPDCAは必然で動きます。

PDCA

 

打ちのめされて目的がもてなくなってしまうのは、悲観的か否定的、習慣になっているだけです。
打ちのめされても目的を達成する方向に動く人が決してタフなわけではありません。


失敗は終わりではないと思っているだけです。
失敗しないと次に行けないと知っているだけなのです。

「うまくいかない」と「できない」は意味が違います。

「うまくいかない」、「失敗を知っている」と「こんな自分にもできる方法はあるはずだ」と考えることができます。それしか方法がないからです。約束は苦肉の策を見つけるPDCAの原動力になります。

 

約束が必要

「こんな自分にもできる方法はあるはずだ」と思えるは、「約束」があればこそです。

両方とも「親の心、大人の心、子どもの心」のバランスからもたらされるものです。

約束はいろいろな形がありますが、本質はどれも同じです。
次につなぐために信頼は不可欠で、約束はその発端であるだけでなく、PDCAを回す原動力です。

「こんな自分にもできる方法はあるはずだ」と思いつかないほど、打ちのめされてしまうとしたら、「現実」がどうだからということでなく、物事の捉え方の問題であって、捉え方を左右しているのは、日常的に使っている言動なのです。その背景には約束の軽視があります。

なので、PDCAを回すエンジンである「親の心、大人の心、子どもの心」の過不足の効果的な調整は大切なのです。

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