人は誰しも「自分は肯定されている」と実感したいものです。物を買うのも、そのために働くのも、人を愛するのも、全部そのためです。

「源氏物語」が書かれた時代から、そのためです。愛とは「自分は肯定されている」と実感するために欠かせないものです。満たされていれば勇気になり、不足していれば比例して生きる勇気も乏しくなります。

一生のうち、かなりの時間を職場で過ごすわけですから、職場で存在を肯定されなければ、人生は辛いものになります。しかもそこに至るプロセスが楽しくなければ苦痛になります。
職場は遊び場でないのだから、そのような発想は不謹慎であると考え方も一方にあります。しかし、我慢して働くのと、主体的に働くのでは、結果の違いは明白です。

楽しく仕事してどうがおかしいということになります。それでも現実には辛いこともあり、おもしろおかしくもあり、それらを通じて、自分が肯定される以上に大切なことはないのです。働きがいがある職場とは、その追求に他なりません。それが達成されれば自然とおもしろおかしく楽しい職場になります。

そうは言っても、競争社会で自然に任せて、全員がその存在を肯定されることはありません。そこで全員がその存在を肯定されるには、無数の「仕掛け」が必要になります。働きがいがある職場とは、全員がその存在を肯定され続けるために無数の「仕掛け」が設置され機能している職場に他なりません。

働きがいがある職場にするとは、「仕掛け」を作ることから始まります。

 

 

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