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結婚・夫婦のこと


結婚/夫婦のこと

■恋愛の前に、結婚の前に

自分のことは誰よりも知っている。そう考えている人は多い。しかしほとんど知らないのが実態です。
 不幸や悲しみの大部分が自分によって引き起こされていることを知っている人は、一握りです。「わかっているさ、自分の努力不足なんだろう。」それもあるかも知れません。でもそれは一部でしかない。大部分が自分の防衛によって引き起こされていることを知っている人は少ない。

かって愛し合ったふたり、結婚をして、いまは心開いて話し合うことも少ない。「私は愛されているのだろうか?」その苦しみの発端はあなたのせいなのか、それともパートナーの問題なのか、防衛的なコミュニケーションをしているとわからなくなります。

原因のない結果はないのだから必ず原因があります。
ひとりでは感じなかった不安を前にして、不安の原因は「相手」にあると考える。
混乱は自分を知らないふたりが、不安から目を背けるためにコミュニケーションを断ち切ることを選んだ結果なのです。以前は不安から目を背けるために欠かせない存在だった人がいまでは不安の根源になっている。はたしてそうだろうか?なにかおかしいと思いませんか?あなたはまぼろしと暮らしていませんか?
鎧、兜で身を包んだふたりがセックスしてもアクメを体験することはできないのです。

■ 愛とは励ますこと

 
愛の定義はさまざまですが愛情だけがひとり歩きすることはありません。POPSの世界は嘘ではなくても、あまりにも愛情だけに特化しているので、暮らしに持ち込めば矛盾することが多くあります。愛情は感情ですが、感情的になると台無しになることも少なくありません。
 愛情とは励ますこと、勇気づけです。

皮肉なことに励ますには、励ます人が自分の未処理の問題を解決していないと出来ません。孤独から愛情を求めるようでは励ませないのです。恋愛のジレンマはそこにありますが、セックスや消費活動が不安を覆い隠すことに貢献します。結婚してもあらゆる防衛に変わってジレンマを隠し続けようとします。

自立していることが愛せる条件なのです。難しいかも知れませんが、愛情を大切にしたいと思うのなら、しっかり自立したいものです。



■恋愛のこと

恋愛、結婚は、愛の解釈がダイレクトに影響する問題です。離婚が38%もあることは、その数以上の失敗があるということです。
離婚が悪いわけではありません。間違いや失敗は正せばいい。ただ離別にはこどもをはじめ周囲に好ましくない影響を与えることもあり、ふたりだけの問題ではない。ふたりの失敗を発端に何人、何十人、ときには数え切れない不幸を作ることにもなります。

結婚は生きる構えがダイレクトに影響します。
だから、いい恋愛をしないさいといいたい。幸福な恋愛をする責任があなたにはある。少なくともあなたと、いつか生まれる子供にために。

いい恋愛とは、幸福な恋愛とは、必ずしも結ばれる恋愛のことでない。苦痛を分け合う力が出す磁気を交換し合えるなら、それはあなたが本当の自分に出会う恋です。
本当の自分を知ることのできる恋。それは真摯に人を思うことです。傷つくことが悪いことではない。「私に愛されていると無条件で感じているか?」にイエスと言える恋なら、傷つけることはつらいが、傷ついても、本当の自分に出会うことができるからです。
しかし、それは理想です。
寂しくて恋をして、一緒にいると、孤立を忘れることができる。こんな恋は、本当の自分に出会えない恋ですが、人はどうしてもそんな恋をしてしまう。

そこで自分を守るために、自分を育むために、注目すべきは、性質の違いです。

【対立しやすい性質】

主体的  従属的
論理的  感情的
客観的  主観的
感情に起伏が激しい 感情に起伏が乏しい
大局的  局部的
のんびり 緊張感
行動的  行動的でない
攻撃的  抑圧的
計画的  計画性がない
自己中心 自己犠牲
現実的  非現実的
進取的  保守的
分別がある 分別がない
支配的  無邪気
批判的  保護的
心が広い 偏狭的
執拗   淡白
対等   支配的
率直   率直でない

■恋愛と結婚はなにが違うのか

恋愛も結婚も、相手を愛する、励ます点では変わりはありません。
同棲は、いいところだけをとったとも言えるでしょう。
では、そのままでもいいのでは?と思う方も少なくないでしょう。
それでは、なぜ同棲から結婚へ発展させたいと思うのでしょうか?
最大の理由は、社会とふたりの築く家庭を結び付けたいからではないでしょうか?
つまり「家庭」とは「社会」という共同体に、ふたりが「共同体」として楔を打ち込むことだと言えます。

つながることと、愛の深さは必ずしも同じではありません。だから形式と思う人には形式かも知れませんが、そうとは言えません。
社会からどう見て欲しいか、その意志表明であり、生き方の違いの登録といえます。
それは、起業し、企業体として「有限会社」「株式会社」として登録することに相通じるものだと思います。お金儲けだけが目的でなく、社会と確かな形でつながりたいと気持ちがあります。それも誇りと責任だと思います。

夫婦として登録すれば誇りを維持して責任を果たせるかというと、そういうわけにはいきません。結婚式がゴールでなくスタートであるように、結婚による恋愛の終わりもスタートでしかありません。ふたりか協働して共同体として中身を作っていきます。
独身同志の恋愛、同棲は、個人としては共同体の一員ですが、ふたりは共同体ではありません。つまり社会から見てふたりは時間を共有していないとみなされます。

結婚していなくてもふたりで主体的に関わる人もいますが、社会はふたりを単位として扱いません。それをどう考えるかは、愛し合っていればいいだけでは判断できないものです。結婚は同棲のように簡単に終止符が打てませんが、だから価値があると言えます。それは結婚の現実が墓場ではなく、なれる最高の自分になる基地の役割を担うからです。


■結婚の現実を知る


親密な関係は3年と言われます。やがて恋愛のような関心が薄れると言われます。しかし結婚の本当の幸福はそれを乗り越えた先にあるのです。
離婚が38%の離婚、その数以上の不和と失敗の原因となるパートナーとの対立。対立の主な原因になるのが、「性質」と「習慣」の違いです。

恋愛と結婚の決定的な違いは、恋愛では「性質」の違いが問題になりますが、結婚と比べて社会的なコミットメントが違うので、「習慣」の違いはさほど決定的な理由になりません。
しかし、結婚生活では「習慣」が問題になり、対立の原因になります。対立は「性質」まで遡り、問題をさらに深めます。


【問題になる習慣】

時間・・・・・・計画性のなさ、ルーズ、忘れる、せっかち
お金・・・・・・浪費、気前が良すぎる、ケチ、こまかい、ルーズ
仕事・・・・・・就職、残業、転勤、転属、転職、失業、働かない、
結婚・・・・・・ライフスキル、社会的なスキル、家庭観、親、家、子供、
        
責任の分担、異性との交際
子育て・・・・・作る、作らない、生む、生まない、医療、ケア、環境、将来、
        子供の医療、躾、教育、保育園、余暇、送迎、学校、友人
社会的行動・・・倫理観、容姿、言葉遣い、礼儀作法、マナー、公私の分別、
         ユーモア、仕事、金銭感覚、異性、友人・家族への態度
セックス・・・・愛情がある、する・しない、頻度、質、率直、誠実、対等、


社会性と深く関わっている習慣的な行動に追い討ちをかけるのが、結婚の目的の曖昧さです。もしお互いの習慣性を度外視して愛情だけを求める結婚をしたなら、たちまち輝きを失うでしょう。
敵対した状態である対立は、対立はどんな関係であっても起こります。

対立は失望、恐れ、苛立ち、苦痛など不安定な感情が起こった結果、相手を責める感情から始まります。「相手が悪い」という思い込みがあります。思い込まないと自身がすでに持っていた不安を直視する羽目に陥るからです。対立は自分を防衛する手段なのです。対立すると防衛したくなるので、心を閉ざす、相手の要望に応えようとしなくなります。

つまり目に見えない主導権争いが起こります。主導権争いが起こると、三つの心(親の心、大人の心、こどもの心)が交叉するコミュニケーションが増えます。さらに親密さから遠のきます。親密さが薄れるほど対立は強まり負のスパイラルは止まりません。主導権争いが強くなるほど、間違いなく愛情は失せていきます。
防衛していると、無言、批判、非難、皮肉、愚痴、嘘、弁解、暴力、説教がふたりの空間と時間を占領します。

実は負のスパイラルが続く真の原因は、対立そのものにはありません。防衛するために交叉するコミュニケーションが反射的になって、どんどん増えていくことにあります。防衛が防衛を誘発して、双方の防衛が止まらないので、こじれさせるためにこじれさせているような状態が日常化することです。
防衛すると、白か黒かの世界に入り込みます。相手と戦って勝とうとするのか、いま以上状態を悪くしないために、自分を放棄するかの2者選択です。つまりコントロールするか、無関心あるいは服従するかの選択になります。

コントロールでできることは相手にコントロール、無関心、服従させることだけです。
無関心でできることは、無関心にさせることです。
服従でできることは、コントロール、無関心です。
どれも交叉的交流か、仮面的交流かの選択しか選べず、親密さは取り戻すことはできません。対立から問題解決も、問題解決のプロセスにもたどり着きません。

逆に、自分にできることは自分の問題を解決することだけだと境界を越えずに、問題解決の探求をした場合、親密さは解決によってではなく、解決策を自分の内側に探すプロセスで生まれます。
相手を責めるのではなく、自分にできることはなにかを探求すれば「自分のあり方」で状況が変わることに気がつくからです。気づくと防衛を手放せるようになります。

防衛を手放すと、これまで止めていたことが動き出します。
ほほえみ、会話、開放的、柔軟、あたたかい、相手の要望を受け入れる。
春の訪れのように親密さが戻ってきます。

 

■結婚の目的

結婚の目的は何かと尋ねられたとき、どう答えますか
自分たちはどんな夫婦になりたいのか?夫婦の目的が曖昧なほど、不和を解決する力が弱いようです。
38%の離婚率の背景には「性格が合わない」「異性関係」があります。
性格が合わないという理由で、築いてきたものが瞬く間に崩れてしまう。一緒にいればマンネリもあり、新しい異性は刺激的で、刺激度では敵うわけがない。
選択は自分の判断、気持ちのあり方次第で、どのようにでも乗り越えらそうなことで破綻するのを見るとき、そもそも結婚に目的があったのかという疑問です。

ありきたりな表現ですが、「結婚式が目的」の結婚は結婚ではないのです。
互いに別の人格、性格が合わないのは当たり前、共通の好みにも限界があり、限界が境界のあることを教えてくれます。習慣性の違いは深刻な問題にもなります。
二人して人間関係の問題を乗り越えていくのが結婚の課題であり、自立の課題。
つまり二人して共通の課題である「自立」への意欲が欠けている裏返しと言えます。

 

愛のこと

 

■結婚の条件

●親から離れる

結婚は、親と同居の有無を問わず、互いの実家から離れることです。つまり経済的、精神的に独立して、自立していくものです。
親から離れるとは、夫の親は夫の親でなくなることです。妻の親は妻の親でなくなります。それぞれが自分の親から相談を受けても自分が独断で決めることはしない、できなくなります。ふたりで相談して決めるのがルールだからです。
ですから夫の親の子は夫婦二人です。妻の親の子は夫婦二人です。
それは自分の親は二人で面倒を見るためのあり方を言っているのではなく、親よりも身近な存在、大切な存在はパートナーであるという意味です。
ですからパートナーより親のほうが大事な人は、結婚するべきではありません、

●添い遂げる

結婚に対する考え方は、人によって違います。
その確認は決して簡単ではありません。交際中に、「永遠に愛します」と言ったにしても、それだけでは信憑性に欠けます。

私たちは結婚については親をモデルに学ぶことはできますが、父親と彼氏は別人格です。母親と彼女もそうです。さらに恋愛については、どこからどのように学ぶのでしょうか。恋愛映画に小説、ポップスが、もっとも身近な手本になっていることも少なくありません。恋愛の延長が結婚であることは、結婚式をゴールに考えた者には自然な成り行きですが、そこには「添い遂げる」目的も理由も存在しない場合が少なくないのです。
 
 しかし、結婚は家庭内離婚も含めて、添い遂げるものでなければなりません。離婚するべきでないを前提にしていて、不和のときがあっても、話しあい協力して乗り越える意志を持った者がするものなのです。と、言うように両者が明確に認識していることが結婚の条件です。 束縛される印象を持つかも知れませんが、自立をめざしていたなら、自然に添い遂げるのが当たり前のように思えるからです。

自立とは、どのような状況にあっても、自分を見失うことなく、率直、素直、誠実、対等で、責任を引き受ける態度だからです。
励ますことは出来ても相手の価値を値引くような考え、行動に及ばないからです。

● パートナー最優先 

  結婚して、やがて子どもが生まれる頃、妻は育児に、夫は仕事に、パートナーへの関心が薄れることがあります。そうしたときに異性が入り込んでくると、ますます関心が薄れることもあります。
 なぜ、そんなことになるのでしょうか
どちらかが、あるいは互いに、パートナーとの間に、パートナー以外のものを入れるからです。こども、仕事、趣味、親、友人など、いろんなものが入ってきます。入れることができます。すると二人の関係性は弱まります。

新婚の頃、二人の間に、なにかが入ってくると邪魔だと思ったことが、いまではなにかをはさんだほうがコミュニケーションしやすいというのは間違った態度です。 
それがこどもであっても間違いです。一番大事なのはパートナーであること。これが結婚の条件です。 

共依存と勘違いされるかも知れませんが、そうではありません。パートナー最優先では互いに自立していて両者が主体性をもって、「私」ではなく、「私たち」と意識します。共依存には、依存と自分が一体なので相手はいなくて自分しかいませんので、私だけです。

●秘密がない 

 パートナーとの間で秘密があると、関係性はきしんできます。愚痴や不満も含めて、秘密のないようにすること、しなくてはならないことは持たない。お互いが幸福になるための自立に欠かせません。  
 愚痴や不満を相手に伝えないのは、関係性を悪くしたくない気持ちからですが、相手の変化を待つ態度です。つまり自分は相手にコントロールされた状態になります。
一方、相手はコントロールしている気持ちはありません。 すると一方だけが言いなりに、我慢している錯覚が膨らんでいきます。
 
その抑圧は不満となって知らない間に伝わります。今度は相手がコントロールされていると感じます。コントロールは支配ですから、しかも理由もなく支配されているように感じると不愉快です。

やがてコントロール合戦が始まり、言いたいことを伝えるにも、間にこどもをはさんだりして、代弁の形で伝えます。二人の間には、率直、素直、誠実、対等で、責任を引き受ける態度が消えます。建設的な家庭は築けなくなります。 

 これを避けるには、イエス、ノーを明確に伝えること、それを否定せずに認めることです。イエス、ノーを率直、素直、誠実、対等、責任を持って伝える、受け入れるには、秘密は邪魔なのです


●主導権争いをしない

敵対した状態である対立は、対立はどんな関係であっても起こります。
対立は失望、恐れ、苛立ち、苦痛など不安定な感情が起こった結果、相手を責める感情から始まります。対立すると防衛したくなるので、心を閉ざす、相手の要望に応えようとしなくなります。
つまり目に見えない主導権争いが起こります。

恋愛時期であっても、主導権争いは簡単に起こります。終わっている場合にはさらに簡単です。パートナーのどちらかが一度拒否されたことをもう一度得ようと試みたときから主導権争いは起こります。主導権争いは綱引きと同じで片方が強く引っ張ると片方は引っ張られるので抵抗します。
綱になるのは、結婚生活の要素のすべてです。愛情、会話、セックス、お金、時間、子供、実家など引っ張れば抵抗が起きます。抵抗が強いほど強く引き、親密さが薄れるほど対立は強まります。

対立がなくなれば問題は解決すると考えますが、対立の原因が明確でないので、手がつけられません。そこで不安にさせた相手が悪いと思い込みます。
相手のせいにするので、相手が正しい状態にならないと解決しないと考えます。ますます迷路に入り込みます。
互いに「相手が変われば」と考えて待ちます。待っている間、主導権争いが続き、コントロール、無関心、服従が起こります。その間に関係性が固定化して互いに身動きできなくなります。
解決のコツは、問題の解決をしようとしないことです。

もともと問題はないのです。相手のせいだと相手を原因にした思い込みが原因なのです。
言って見れば「拒否が愛情不足の証拠」とした思い込みが発端で防衛したために、双方が防衛から主導権争いをしているのが問題なのです。主導権を放棄するといま以上にひどい状態になると思い込んでいます。その考えがさらに事態を悪くしています。
本当に自分を防衛しなければならない状態とは防衛できない状態あるいは防衛させてくれない状態です。

 

● 喧嘩のルール

喧嘩で大切なことは、主張はしても不安にしてはいけないことです。気をつけていても不安にさせてしまうものです。だから最低次の点は遵守したい。

・人前でパートナーを愚痴らない、責めない、叱らない
・大事なことは二人に最適な時間を用意して話す
・不満の原因が自分にないか確認する
・相手の意見は否定的に扱わない
・自分の意見には代替案を含めて複数持つ
・それでも喧嘩になったら
・喧嘩のテーマ以外のことを持ち出さない
・お互いに尊重して、率直、素直、誠実、対等に責任を持って
・暴力は絶対にダメ、お互いの安全を守る
・終われば、誠実に修復に努める。

しかし、本質がわからずに受け入れて遵守しょうとするのは反対です。ストレスの原因になり、不安にさせます。本質を理解することが先です。本質を知ろうとすると、自分自身の内側でなにが起こっているのかがぼんやりながらも見えてきます。自分がなにを否認しているのか、なにを防衛しているのか、パートナーを否認する気持ちにフォーカスすると自分が隠している不安に気づきます。
さらに自分が間違ったことをしているかもしれないと感じたら、どう行動するのがいいのかに気づきます。
だからといって自分を責める必要はありません。責めても停滞するだけで解決しないからです。最初の混乱は静かに見守るといいのです。自分との対話を続ける一方で、ルールを守ってみようと心がけていきます。



パートナーを傷つけない

 夫婦は家族です。家族には必ず問題が生じます。家族で人生の荒波を乗り越え渡っていく。いいときもあれば辛いときもあります。同じ目的を持った同志です。
 常にねぎらう気持ち、言葉、態度を忘れることなく、世界一の味方であることを実行していきます。ねぎらいの気持ちは「結婚の目的」がしっかりしていると自然に出てきます。

心が傷つく言葉は、人によって違います。しかし、事件簿でも分かるように、色恋、金銭、怨恨は人間関係を悪くしています。
つまり他の異性との比較、過去の金銭問題、過去のトラブルに付随する深い恨みを問題にすることは言ってはいけないひとことです。
色恋、金銭、怨恨になることは、どれも重要な問題です。それがいま現在、自分の身に起こっているときは放置できません。ところが、いま直面している時には言いにくいことも、終わったことは言いやすいのです。言ってはいけないひとことを言ってしまう落とし穴はそこにあります。

言う側は終わったことは、あきらめもついていて言い易いのです。ところが、言われる側は、終わったことは変えようがないので、どうしょうもない分、負い目になります。

「どうしょうもない」ことへのスタンスが、言う側と言われる側では、全然違うのです。
「どうしょうもない」と分かっていて、その場は軽いひとことで終わっても、傷つくのです。言う側の気持ちが分かっていても腹が立つのです。
そこで、些細な喧嘩になったときに、逆ギレします。言った側は、自分の正当性を信じているので逆ギレに怒って、「その言い草はなによ」と対抗します。
こうなると、過去のことですまなくなります。新しいイサカイの原因になります。
しかも深刻なひとことを誘います。

お互いに思ってもいないことを口にしていると、本当に傷ついていくのです。
思ってもないことを口にするより、その背後にある本当の思いを率直に伝えることが、自分と相手への誠実さなのです。
本当の気持ちを伝えにくいために、言ってはいけないひとことに変えてしまうくらいなら、書いたものを渡す方がすてきです。

人は自分のありようで、すてきになれます。

 

自立と女性

 結婚生活は、人間の営みの中心にあります。仕事は大切ですが生活の一部でしかありません。仕事のためには家庭はどうなってもいいというのは、ある意味、生涯独身者というスペシャリトを除いてワーカホッリック(仕事中毒)です。
どこまで関わるかはともかく、家庭には、子育てから介護まで人間の営みのすべてが集約されています。その中心的役割を担っているのは女性です。夫婦の問題、互いの実家との問題、地域とのコミュニケーション、食事の支度、衣食住の管理、健康問題、学校のトラブル、いじめ、依存症のトラブル・・・・これらを一身で支えるのがニッポンの女性の平均像なのです。

最近では、手伝う男性が増えてきました。しかし、男性の意識はまだまだ中途半端なのが現実ではないでしょうか?大変だからケアしてあげる、サポートしてあげる、やさしく聞こえる言葉ではあっても、どこかおかしいのか、女性も男性も本質から遠い。

結婚生活はお互いが自立していること、あるいは自立に向かっている二人が前提です。
つまり、夫の問題は夫が解決する、こどもの問題はこどもが解決する、但し夫にしても、こどもにしても、能力を値引きすることなく、適切な判断で手に負えないと分かっている問題もサポートする。それは権利の主張ではありません。

 

自立と励まし

 人間は感情の動物です。つまり自分の気持ちは自分のものです。自分の気持ちが自分の自由になっていることが自分を尊重する、尊重されている状態です。もし自分の気持ちが誰かに影響を受けコントロールされているとしたら、不安で不愉快です。

このような関係は「自立」していない関係で、依存が見え隠れしています。その関係を起点に連鎖して行き、見え隠れしている依存はより強い依存に発展します。

女性が、「ナニもしてくれない」と嘆くとき、実際には「してほしい」と伝えていない場合が少なくありません。「してほしい」は「私はここまでしたくない」なのです。「してほしい」は「ノー」なのです。
でもそれを我慢して「してほしい」と言わない。相手は自分の責任を肩代わりさせていることに気がつかないままです。最初は感謝があっても、やがて当たり前のように思って感謝もなくなる。結局、持ち前の優しさと思いやりも責任感も報われないのは「私はここまでしたくない」と言ってはいけないと思い込んだ境界侵犯のつけなのです。

自立は個人的なテーマでなく、人が幸福に暮らすために欠かせない共通したスキルです。自分が自立していると依存的な人との関わりを調整、遮断できます。自立できていないと、振り回され自分の気持ちがコントロールされます。

愛情の本質は励ましです。自立を応援することは、幸福に暮らして欲しい願いから生まれる気持ちです。境界を守るトレーニングを家族がするのは家族の仕事です。

 

結婚でできること

「結婚の目的」を考える前に、結婚でできることを認識しておきましょう。
手に入れるものは手にしても、幸福だと思えない状態にあるなら、ほぼ間違いなく、愛情が満たされていないと考えていいでしょう。
ふたりでいることが、逆に孤独を深めて孤立を際立たせることもあります。しかし結婚でできることはここからがスタートだと考えてもいいのです。

愛情が満たされていない最大の理由は、片方が防衛的になってやがて双方が防衛的になり、好ましくない反応によって交叉的なコミュニケーションを続けた結果です。
不安にかられると防衛的になります。しかしその苦痛は、相手を責めることに終始している限り安直な選択の結果でしかありません。

それ以上に苦しむことになっても自分自身を学びたい欲求が起こると状況は変化を始めます。自分がナニを考え、ナニを感じているのか、ナニを恐れて、ナニを期待しているのか、自分を知りたい欲求が深まるほど早く防衛を手放せばいいことに気づきがます。統合が始まり隠すものがなくなると自由を知り心身の解放が起こります。防衛しなくていい関係になるとセックスの絶頂も容易になります。
もっと自分を大事にしたいと思うようになり「与えられた生」を謳歌したいと思うようになります。

これが結婚でできることです。
結婚以前に「生きる構え」を身につけ、未解決な問題を抱えた状態にある多くの人にとって、結婚は平坦な道ではありません。その状況を脇目に見て同棲でもいいだろうと考える人がいます。同棲もピンキリなので一概に何とも言えませんが、立つポジションは明らかに違います。

 

愛のこと

 

自分の人生のある場所で暮らすガイドブック
 
【Eラーニング 】自分をじぶんの味方にするモチベーション講座 とんがるモチベーション Eラーニング
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