自由とは義務と責任

ライフスキル講座では、3ヶ月〜1年かけて、生きるために欠かせないライフスキルとライフスキルを使う気力の充填に力を注ぎ、育て直し支援を行っています。ライフスキル特集は、そのプロローグとお考えください。

それぞれの苦悩

人は、それぞれに、ないようでも、気にならない程度の問題があるものです。

  • 自分の気持ちを言葉にできない
  • やりたいことがはっきりしない
  • したほうがいいと判っていても、行動にうつせない
  • 決断できない
  • 人と交際するのが億劫になる一方で寂しい
  •  恋愛や性愛に溺れてしまう
  • パートナーとの関係が新鮮さを失い希薄になっている
  • 仕事との距離があいまい。
  • 子育てに関心が薄れ、自信がない。

 

いずれをとっても、精神的、身体的に生きずらさを感じながら、他者と比較することが多く、生き方が間違っていると感じていない状態で起こっているようです。

なぜ、私は生きずらいのか。 そう感じる一方で、こんなものだろう。という気がする。
自分がどこに行こうとしているのか、分かっているような、分からないような。

曖昧で、不安で、苦痛である一方で、なんとなく幸福な気もする。

言いようのない不安、得体の知れない恐れの原因は一番大切な親密な愛情が欠けていることによる場合もあります。

あなたが感じる説明できない不安や恐れは、あなたへのサイン、気づきのチャンスです。

しかしチャンスはストレスと認識され、決して継続することのない楽しさ、快楽、消費に置き換えていきます。

巷には溢れていて、テレビ箱は、誘おうと次から次に躍起で、お金さえ出せば簡単に手に入れることができます。

一過性の快楽を継続させるために、無理矢理、繰り返しを求め、何度も同じことを求めてしまいます。それが「依存症」と呼ばれる現象です。

「依存症」には程度があります。
はっきりとわかる場合もあれば、全く気づかない場合もあります。


依存症には共通した特長は、自分に責任を持とうとしないことです。

自由であるには自分に対する義務を果たすために自分に責任を持つ必要があります。

依存症は、義務と責任を放棄した状態なのです。

ライフスキル講座

自由とは自分への義務と責任を果たそうとすること

自分はこうありたいと思い実行しようとした瞬間から、自分に対する義務が発生します。
自分への約束ですね。約束を履行するために責任が生じます。

自分への義務より、親や目上の人への義務を果たすことに忙しかった子どもは、自由がないだけでなく、自分に対する義務も責任も感じることがなく、その代わりに周囲の人への義務と責任を感じて暮らしてきたので、生きずらいのです。

自分への愛情がすっぽり穴が開いたようになっているので、自分が何者であるかより、心の穴を防ぐことに熱心になって、こうして可もなく、不可もなく、なんとなく時間を消費していき、年々一年が過ぎる速度は速くなります。

自由であると、義務と責任を果たすのに忙しいので、一日の密度が高苦なり忙しくなります。没頭した状態で過ごすので、ものすごく働いた気分になります。

同じ忙しさでも、自分に主体性がある忙しさと、受動的な忙しさでは、質が全く違うのを皮膚感覚で実感します。
そういう体験をしておくことは、受動的な日々に甘んじていると「これは違う。」と違和感を察知するので、立て直す役に立ちます。

 

すっぽり空いた心の穴は愛情不足が原因

幼児だった、あなたから自由を奪い取った相手は、身近な大人です。
正確に言えばあなたが求める愛情を注いでくれなかった身近な大人です。
幼児が求める愛情は、気力となる生きるためのエネルギーです。

体力は補給してくれても、気力が養われなかったのです。

ライフスキル

自分に生きる気力が備わっていれば、自分の内側にある力が働きます。
だから、求めるものは自分で分かります。

ところが、気力が十分に備わっていなければ、自分の内側にある力が働いてくれません。
そこで外側の力に頼ろうとします。

ご高齢の方や身障者の方が杖や道具に依存するのに似ています。
身体の具合が悪ければ仕方がありません。

しかし健常者が、道具や装具に頼るのはもったいないですね。
身体に障害があっても、気力が働いている人はオリンピックで活躍されています。

ライフスキルは気力を取り戻すために、補助的な役割を果たすものです。
取り戻すため核になるのは、「愛情」です。

しかし、その愛情は、心にぽっかり空いた穴を埋めるような、ポップスで語られるような質の愛情でなく、もっと基本的な愛情です。大地に根をはった木の幹です。。
ライフスキル講座では、愛情を重視した育て直しプログラムが人気です。